「しゃがまない農業」と、一から設計する土の建築
2024年の秋、岡山の児島へ移住してからというもの、私の生活は「開拓」そのものでした。 庭の樹木を伐採し、ハンマーを振るって庭石を破壊し、地面を整地する。そんな肉体労働の果てに、ようやく庭の主役となる「スタンディングレイズドベッド(SRB)」の木枠が完成しました。
高さ80cm。立ったまま作業ができるこの巨大なプランターに、いよいよ命を吹き込む「土作り」のフェーズがやってきました。 今回は、過去の失敗から学んだ教訓と、SRBという特殊な環境に合わせて設計した「土のブレンド」について記録します。
野菜作りへの挫折と、ハーブへの転向
なぜ、わざわざ巨大な木箱を作ってまでハーブを育てたいのか。そこには、移住直後から1年間試みた「自然栽培」での苦い経験があります。
農薬や肥料を使わない自然栽培は、響きこそ美しいですが、実際は「土が育つまで数年待つ」という気の長いプロセスが必要でした。最初の畝作り以外は耕さず、自然に任せた結果、私の畑を支配したのは野菜ではなく、ナメクジやヨトウムシ、バッタたちでした。 丹精込めたブロッコリーや葉物野菜が一夜にして食い荒らされるのを見るたび、私のテンションは確実に削がれていきました。
それに、若いくせにと言われそうですが、地面にしゃがんでの作業は腰に来ます。 そして何より、冷静に経済合理性を考えてしまいました。「野菜はスーパーや冷凍食品で買ったほうが、安くて早くて確実だ」と。
一方で、ハーブは違います。 フレッシュなものはスーパーで手に入りにくく、買うと高い。種類によっては雑草並みに強く、手間もかからない。 「日常的に使えて、買うより作ったほうが得で、立ったまま優雅に世話ができる」。この条件を満たす最適解が、SRBでのハーブ栽培だったのです。
SRBのための「土のサンドイッチ」構造
SRBの深さは約35cm。容量にして1台あたり300リットル以上あります。これを市販の「ハーブの土」だけで満たすのは、コスト的にも面白くありません。 そこで採用したのが、底に有機物の層を作り、上に無機質の層を重ねる「サンドイッチ構造」です。
1階:落ち葉と微生物のベッド
SRBの底(下半分)には、庭で集めた大量の落ち葉を敷き詰めました。 ただ入れるだけではありません。ここに米ぬかと、微生物資材「カルスNC-R」、そして窒素源となる「硫安」を混ぜ込み、体重をかけて親の仇のように踏み固めます。 こうすることで、落ち葉は時間をかけてゆっくりと分解され、発酵熱を生み出し、やがて栄養豊富な堆肥へと変化します。植物の足元で、微生物という小さな同居人たちが働き続けるシステムです。
2階:崩れない骨格「硬質赤玉土」
上半分、つまりハーブの根が直接触れる部分には、徹底的に「物理性」にこだわった土を用意しました。 ベースに選んだのは「硬質赤玉土」です。 ホームセンターで売られている一番安い赤玉土は、1年もすれば崩れて粘土状になり、排水性を損なってしまいます。しかし、「硬質」と焼成された赤玉土は、数年経っても粒が崩れません。
実は買い出しの際、小粒の在庫が足りず、急遽「硬質の中粒」を混ぜることになりました。しかし、これが怪我の功名でした。水はけを好むハーブにとって、小粒と中粒が混ざり合った構造は、理想的な通気性を生み出す結果となったのです。
住人に合わせたカスタムブレンド
SRBは全部で3台(+鉢植えエリア)。それぞれの「住人」の好みに合わせて、土の配合も微調整しました。
Bed 1:キッチンハーブ(バジル・シソ・パセリ)
彼らは水を好みます。基本の「硬質赤玉土+腐葉土」のブレンドに、保水性の高い「バーミキュライト」を加えました。水持ちの良い、しっとりとしたベッドです。
Bed 2:地中海ハーブ(ラベンダー・ローズマリー)
彼らの故郷は、乾燥した荒れ地です。日本の梅雨は彼らにとってサウナのようなもの。 そこで、ここには排水性を極限まで高める白い人口軽石「パーライト」と、前述の「硬質中粒赤玉土」を多めに投入しました。さらに、もみ殻くん炭を加えてアルカリ性に傾け、根腐れリスクを徹底的に排除しています。
Bed 3:ティーガーデン(カモミール・レモンバーベナ)
ここには、心を落ち着かせるハーブティー用の植物たちが住みます。 彼らはBed 1ほど水を欲しがらず、Bed 2ほど乾燥を好むわけでもない、いわば「優等生」たちです。 そのため、ここには奇をてらわない「硬質赤玉土+腐葉土」だけの、最もシンプルかつ黄金比のブレンドを採用しました。このBed 3の土の乾き具合が、今後の水やり管理の「基準(ベンチマーク)」になります。
Bed 4:ミント・カルテット(隔離病棟)
地下茎で無限に増殖するミント類は、SRBに入れると他のハーブを駆逐してしまうため、鉢植えにして隔離しました。 彼らは強健なので、少し粗めの土でも文句を言いません。余った中粒赤玉土をベースに、シンプルかつワイルドな配合で迎えます。
最後に
こうして、私のデジタルガーデンならぬ「リアルガーデン」の土台は整いました。 地面と戦うのではなく、地面から切り離された空間で、土の環境そのものを一から建築する。これは農業というより、プログラミングや設計に近い面白さがあります。
春になり、この計算し尽くされた土のベッドで、ハーブたちがどう育つのか。 スーパーのパック詰めでは味わえない香りが、この庭を満たす日が待ち遠しいです。