「成功の反対は失敗ではなく、何もしないこと」
この言葉を胸に、僕は今日から新しい挑戦の記録を残すことにしました。
初めまして、Koichi Kondo(近藤 宏一)です。 2024年に京都から岡山県倉敷市児島へ移住し、30年間誰も住んでいなかった築古戸建てを、自らの手で再生する暮らしを始めました。
なぜ、今さらブログなのか。 そしてなぜ、あえてボロボロの家を選んだのか。
華やかな成功話ではなく、泥臭い「再生」の過程をありのままに記す決意を、ここに残しておきたいと思います。
2度の喪失と、再生への決意
僕の人生は、決して順風満帆ではありませんでした。 今の活動に至るまでには、人生の価値観を根底から覆すような、2つの大きな出来事がありました。
2011年、「普通」が終わった日

20代前半までは、工場で働き、そこそこの給料をもらう「普通」の生活を送っていました。 しかし2011年、僕の人生は一変しました。 とても仲の良かった後輩が、自ら命を絶ったのです。
前日の夜、一緒に夕食を食べたのに、僕は彼の苦しみに何も気づけませんでした。 「なぜ助けられなかったのか」という深い後悔と無力感から、僕自身も鬱を患いました。
どん底の中で、僕は一つの誓いを立てました。 「これからは、自分のしたいことだけをして生きていこう」
そこから僕の「自分探し」ならぬ「自分作り」が始まりました。 フィリピンへの英語留学、オーストラリアとカナダへのワーキングホリデー。 英語力ゼロからのスタートでしたが、海外で働く経験を手に入れ、少しずつ自信を取り戻していきました。

2023年、デジタル資産の消失
「雇われずに生きていく」ために始めたYouTubeチャンネルは、多くの視聴者様に支えられ、登録者数13万人を達成しました。 自分の力で人生を切り拓けた、そう思った矢先のことでした。
2023年、プラットフォームの規約変更等の影響により、チャンネルの収益化が停止されました。 数年かけて積み上げてきたデジタルの資産が一瞬にして「ゼロ」になる——それは、足元の地面が崩れ落ちるような感覚でした。
しかし、不思議と絶望だけではありませんでした。 僕には、海外で培った経験と、何度でも立ち上がるマインドが残っていたからです。
「次は、デジタル上の数字ではなく、自分の手で触れられる確かな暮らし(家)を作ろう」
そう決意し、僕は新天地を探し始めました。
30年放置された家との出会い
移住先に選んだのは、瀬戸内海を望む岡山県倉敷市児島です。 穏やかな海と島々の景色を見たとき、傷ついた心が癒やされ、またここから歩き出せるような予感がしました。
購入したのは、母屋と離れからなる築古物件。 特に離れは30年間放置され、カビと汚れにまみれた状態でした。


多くの人はここを「終わった場所」と言うかもしれません。 排水管は干上がり、庭は草木が生い茂り、部屋にはカビの匂いが充満していました。



でも僕には、ここが「始まる場所」に見えました。 手を入れれば、必ずここは蘇る。直感的にそう感じたのです。
家も人生も、ここから「つくり直す」
僕の肩書きは「人生のDIY実践家」です。
僕がやりたいのは、単に安く家をリフォームすることではありません。 一度崩れてしまったものを、自分の手で一つずつ修復し、以前よりも自分好みにデザインし直すこと。 それこそが、僕が掲げる「人生のDIY」です。
現在は、以下の計画で再生を進めています。
- 空間の再生: 低予算・断熱にこだわり、「白と木の温かみ」のある理想の空間へ。
- 庭の再生: 雑木林を抜根し庭石を取り除いて、ハーブ香るイングリッシュガーデンへ。
- 未来の計画: 将来はここを、かつての僕のように迷っている旅人が羽を休める「宿」やカフェにする。

まだ一歩を踏み出せないあなたへ
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
もしあなたが今、 「現状を変えたいけれど、一歩踏み出すのが怖い」 「スキルもお金もないから無理だ」 と思っているなら、僕の活動を見てみてください。
僕も何度も失敗し、何度もゼロになりました。 それでも、手を動かせば、家は直り、庭には花が咲き、人生は少しずつ前に進みます。
成功の反対は、失敗ではありません。 何もしないことです。
これから始まる、決してきれいなだけではない再生の記録を、どうか見守ってください。 そしていつか、再生したこの場所で、あなたとお会いできる日を楽しみにしています。

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